新宿ぞめき第四夜 柳家喜多八独演会

新宿ぞめき第四夜 柳家喜多八独演会

柳家喜多八:「長屋の算術」
柳家喜多八:「贋金(にせきん)」
-仲入り-
柳家喜多八:「文七元結」


扇辰師匠の会に続いてミュージックテイト。今夜も大入満員。こないだよりも大入満員。

「宿屋の仇討」の万事世話九郎のセリフ「夜前は相州小田原、大久保加賀守様の領分にて宿に泊まりし所、有象無象も一緒に寝かしおき、やれ巡礼の親子が泣くやら、駆け落ち者がいちゃいちゃするやら、相撲取りがいびきをかくやらで夜っぴて寝かしよらん。今宵は間狭な部屋でも良いから静かな部屋へ案内をいたせ!」

じゃないけれど、19時の開演過ぎてから、遅れてくる女性がおるやら、遅れてくるおっさんがおるやら、遅れてくるおじいさんがおるやらで、ちっとも集中させよらん。な、開口一番は初めて聞く「長屋の算術」。最近の師匠の掘り起しネタらしい。

驚いたのは師匠が、たいした枕も振らずにすっと噺に入った点。喜多八師匠にしては珍しい。なんかご機嫌悪いのか、(今夜はちゃったと終わらせて帰りたい)な気持ちなのかなぁと邪推。

「トンカツが25銭」と言われた時点で、俺の腹の中は決まった。(今夜は串揚げ喰って酒呑んで帰ろう)

開口一番にぴったり、寄席サイズな、まさしく“馬鹿馬鹿しい一席”でした。良い意味で“スカしてる”。斜め上からじゃなく、斜め下から球が飛んでくる感じ。師匠が時々いう「馬鹿馬鹿しいのが落語なんですよ」を体現する一席。

二席目の枕はいっぱい喋ってくれた師匠。俺はホッとしました。人間国宝の話(悪口?軽口?)から、貧乏酒、乞食酒の噺まで。お酒が好きな師匠。この枕だよ、この枕。喜多八師匠の枕はこうでなくっちゃぁ。

二席目の噺も初。「チン」が出てくるまさに珍なる噺。「贋金(にせきん)」。調べると、今週日曜日の「小ゑん・喜多八『試作品』Try90」でもかけてるネタ。

出入り業者が、世話になっている御大尽から「珍しいモノが欲しいから、お前のでかい金玉を切って寄越せ」と命令されてしまって…という艶笑落語(=下ネタを題材にした落語)。こちらも“馬鹿馬鹿しい一席”。

若い噺家さんには無理。喜多八師匠の人柄・お年頃であるからして、ご婦人のお客さんもケラケラ笑いながら聴いてる。中には照れてる人もいるだろうが、それを知っててあえて掛けて楽しんでいるのが喜多八師匠なのだ。恐らくきっと。しかし、殿様的な位の高い人物と、酔っ払いを演じさせたら天下一品、天下無双だなぁ師匠は。

そして仲入り後に出してきたのが「文七元結(もっとい)」。馬鹿噺⇒馬鹿噺(艶笑)と来ての一大人情噺ですよ。わかってる人、できる人の構成。(俺の想像ですが、今週末にある「座間落語」でやるんでしょう師匠、「文七元結」)

「最近の噺家はただ長く演ればいいと思ってる。●●以降の悪い傾向ですよ」とかなんとかいつも通りの軽口を叩きながら「文七元結」へ。憎い!憎いね師匠。

喜多八師匠の「文七元結」。その醍醐味は長兵衛の逡巡(決めかねてためらうこと)シーンにある。本所達磨横町の左官の長兵衛が、文七(大切な金を失くして身投げ自殺しようとしている)に自分の金を差し出そうかどうか逡巡する、そのシーンにある。

客は、口が悪いし、毒付くし。そんな長兵衛の姿に、やさしさや悔恨や覚悟を見出す。それを見事に演じる師匠。

馬鹿噺⇒馬鹿噺(艶笑)と来ての一大人情噺。アップダウン、緩急、緊張と緩和。ありまくってますぜ。ただし、「客を泣かせてやるぜ!(俺の落語で)」みたいな気負いもなければ衒いも感じない。他の落語と同じような距離感で、同じスタンスで飄々と演じる。話す。“スカしてる格好の良さ”。それが柳家喜多八という噺家の最大の魅力なのだ。

★マーケティングの視点★
喜多八師匠は「噺を身に纏っている」のだと思う。噺家と噺の融合。ただし、肌着のようなぴったりフィットな感覚ではない。適度な距離感。ふんわりとやさしく、袖を通さず、肩にかける感じ?ベタベタしてない、かといってドライかと言うとそうでもない。心地よい距離感、心地よい了見。喜多八師匠は「どんな噺とも均一な距離感を保ちつつ、落語を身に纏っている」のかも知れない。「落語は落語。分け隔てなく落語でしょ」。そんな師匠の声が聴こえて来るかのような落語会でした。あぁ、ヌル燗と串揚げも美味かったなぁ。