父の誕生日

今日は父親の76回目の誕生日でしたので、ここでビールを買って贈りました。孫2人に手紙を書いてもらい、贈り届けました。たいそう喜んでくれたようで、朝と晩と2回も電話がかかってきました。

 

うちの父といえば、俺が結婚したときのことは忘れずにはいられません。20年ほど前のことです。

 

俺も嫁も派手なことや晴れの場が苦手なので結婚式も披露宴もしないことに決めていました。決めていましたが、両家を紹介しないわけには行きません。ましてや、「娘さんをいただく」立場なわけですし、うちの両親も紹介しなければいけない。

 

俺は嫁のお母さんとは何度も会っていたし、実家でご飯をご馳走になってもいたので良いのですが、うちの両親です。「向こうのご両親への挨拶はどうするんだ」ってことで、結納的な意味合いの食事会を開くことになりました。義父は当の昔に他界していたので、義母へのご挨拶会、というわけです。

 

大阪まで酒田の両親を呼びました。実家で挨拶を交わし、結納の品(酒田の慣わしでしょうか、日本酒と昆布?かなんか)を渡し、その後、近所のお鮨屋さんの2階で夕食となりました。何月だったかは忘れてしまいましたが、ふぐ刺しなどが出てきたので、秋以降、もう冬だったかもしれません。

 

俺、両親、嫁、嫁の母、嫁の弟、妹の7人での会食。気まずくもないですけど、何を話したかはまったく覚えていない。ふぐを食べたことしか覚えていないという緊張っぷり。

 

父が相当酔っ払っていたことに気づいたのは帰りの車中です。義妹の車で新大阪付近のホテルに送り届けている最中。何を思ったか、うちの父親。急に大阪弁で話し始めました。無論、未だかつて彼が大阪弁を話したことは一度もない(はず)。

 

なんでやねん。ちゃうちゃう。ほんまかいな。

 

など、聞いているこちらが恥ずかしくなるような、へったくそな大阪弁を話の語尾につけて、悦に入っている父。そのときは、みんな車内で大爆笑でした。明らかな陽気な酔っ払いのおっさんモード全開バリバリだったものですから。ここまではっちゃけた父の姿を見たのははじめててでした。

 

そのときのことは、未だに両家の語り草ですが、よっぽどうれしかったのだろうということは推測に難くありません。日ごろ、特別陽気でもなく、特別頑固でもなく、本当に普通のごく普通のサラリーマンを過ごしてきて、今や悠々自適の生活を母と過ごしている父。俺と妹と母とおばあちゃんを養いつづけた父。

 

お互い照れ屋で、そこそこの距離感がある俺たち。ぶっちゃけた話はなかなかできていません。もちろん父と息子2人だけで飲み屋で一献傾けるということも。その代わりといってはなんですが、のお酒プレゼントです。大好きな母といっしょに呑んでください。(もう呑んでたけど)

 

自分は父親とはできそうもないので(一度くらいは実現しないと…かな)、俺は自分の息子たちとは絶対に飲み屋に行ってべろんべろんになるつもりです。そしてカウンターの向こうにいるマスターあるいは大将に絶対にこう言ってやりたいのです。

 

「ねぇねぇ、こいつら俺の息子!いい男でしょ!」