公衆よ再び

仕事。「状況づくり」の日々。

 

いくらターゲットをセグメントしても。

いくら市場を設定しても。新たに市場を見つけても

どんなにデザインがかっこよくでも 

どんなにインパクトのあるキャッチコピーを考えても

どんなにユニークな広告キャンペーンを打っても

コミュニケーションが生まれなければ利益は生まれない。

そして、そのコミュニケーションというモノはコミュニティがなければ有機的に働かない。

 

昔々。そのまた昔は公衆と呼ばれるリアル・コミュニティが、そこかしこにありました。(注:公衆=コミュニティではありません)。公衆浴場、公衆電話、町内会、ご隠居、班登校、放課後、地域社会、家族の社会との接点。

 

公衆とは共通の興味・関心で結ばれている組織化されていない集団・概念・場のこと。日常と非日常を結ぶのも公衆の役割、機能です。 公衆トイレはまだある。いま公衆といえば公衆無線LANスポットってなもんかな。

 

公衆はメディアの発達により成立するモノと言われていたのに、皮肉にもメディアの発達により、リアルな公衆はどんどん衰退して、いまや消えつつある存在。

 

閉塞感漂う今の時代、これからの新しい時代の中で息する新しい公衆が必要とされているときです。いまこそ。

 

これからの社会のキーワードになるのは、きっと

 

新公衆/状況づくり/コミュニケーション・インフラ/コミュニケーション・メディア/コーポレート・マーケティング

 

こんな風なことを思いつつ、夜な夜な机に向かっています。

 

曲は、MAKAI - A Dream Goes On Forever